【絶賛中web小説の書評;あるいは現実世界と物語世界の間の越えられない壁の話】

久しぶりのブログ再開は、書評だ。といってもweb小説だ。各所で、絶賛中だ。

魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」目次
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魔界の王である魔王(巨乳♀)と地上界最強の勇者が、知略の限りを尽くして、戦争の終わった「向こう側」を模索する話。軍事史の話でもあり、人材育成の話でもあり、宗教改革の話であり、経済改革の話でもあり、社会改造の話でもある。魔王の専攻は経済学という設定で、魔王が、自分を殺しに来た勇者を口説き落として、厳粛なる相互所有契約を結ぶところから始まる。私を殺しても、戦争は終わらないぞ、二人でその「向こう側」を見たいのだ、と魔王は勇者に世界の構造を解説し、説得に成功する。

私は、FFやドラクエなどのRPGの類をやったことがなく、その種のライトノベルも読んだことがない、つまり、同世代では割と少数派に属する人間なのだが、その予備知識に欠ける私でさえ、過去10年で一番面白いコンテンツだった。ハリー・ポッターや、エヴァンゲリオンや、涼宮ハルヒの憂鬱(TV版)よりも、ずっとずっと面白かった(実はまだ半分しか読んでいないが)。保証する。40歳以下で、漢字2文字の造語に耐性さえあれば、ハマると。更に予言すれば、本書は、NHK教育によって、アニメ化されるだろう。

■■■以上、賛辞。以下、感想文(含むネタバレ)■■■

欠点は、たくさんある。
・本文は、すべてセリフで、慣れるまでは、とにかく読みにくい。
・文体のバリエーションに乏しい素人臭い文章。
・ネーミングセンスが悪い。題(スレタイか)も悪い。
・清く正しい10代向けの読者サービスのシーンが、おじさんには、鬱陶しい。
・誤字というか変換ミスが多い。
・つじつま合わせの、ご都合主義も多い。
まとめサイト掲示板が、AVGによってウィルス認定される…。などなど。


だが、そんな欠点は、登場人物たちが繰り広げる知的な対話の前に、すべて吹き飛ぶ。

主人公である魔王(魔女王?)の専攻は経済学という設定なのだが、彼女の知性の前では、勝利は「戦争の終わり」を意味しない。その「向こう側」を見るべく、彼女は命と魂を賭けて、戦争そのものを終わらせようと奔走する。三圃制を敷く中世レベルの人間界に、2〜300年分の知識を投下して、魔界を含めた世界を変えようと試みる。そして、彼女の魅力と知性が、弟子たちに様々な形で、伝染してゆく。若い読者は、「世界は、こうやって変えられるんだ」と勇気づけられるのではないかと思う。そのくらい、論理展開に説得力がある。

(現実では得られないような)知的な対話で、若い読者を勇気づけてくれるのが、本書の最大の魅力だ。

しかし一方で感想を言うならば、若くない私個人は、楽しく読みながら同時に、暗い気持ちにもなった。本書は、現実世界の読者を励ます一方で、現実世界の読者に告げていないことがある。ネタバレ気味になるが、以下に書いてみた。

1;実は「個の力」が、敵を説得する前提となっている
まず、世界を理想主義的な方向で変えるには、魔王や勇者レベルの、ブチ抜けた「個の力」が、前提として必要なのだということ。本書が言うように、「戦争には同意が必要無い」。その戦争を根本的に終わらせるのに必要な「同意」の担保というか、原資というか、元手となっているのが、主人公たちが独占する超人的な「個の力」だ。魔王は、時代を数百年先行する知性の持ち主で、数年で食料生産を3倍にし、種痘で死亡率を激減させる。勇者は、魔界人間界を含めて最強の武人であり、名声は両世界に轟いており、瞬間移動で魔界も人間界も自由自在だ。「個の力」と名声、その果実としての経済成長を使い倒して、主人公たちは、世界を少しずつ説得してゆく。
現実世界の我々、つまり、建前やメンツや目先の体裁に、あられもなく頭蓋骨の底まで圧倒される生涯を送る、小さな我々とは、根本的に、生き様の前提が違うのだ。

2;案外、しがらみの無い、便利な世界
世界を緻密に描いているようで、実は、案外、そうでもない。これは小説を書く時の、普通のテクニックなので、テクニカルに上手いと言うべきなのかもしれないが、シナリオをスムーズに進めるのに邪魔になる存在は、上手く消されている。たとえば、(全部読んでいないが)勇者の出身国が書かれていない。また主要な登場人物たちの親が、しゃしゃり出てこない。親子関係が、シナリオの邪魔になるのは、娯楽作品では当然といえば当然なのだが、これで主人公たちの重しは一つ減ったのだ。主人公はセックスしないので余計なドロドロも無いし、妊娠もつわりもない。相手の浮気を疑うにしても、小学生のように可愛いものだ。また、主要な登場人物たちは、知的に深く描かれているが、主要でない人物の造形は、ゲームやアニメレベルに類型的だ。そして、やっぱり…なのは、女性陣は美人揃いだということだ。やはり女は美人でないと、シナリオがスムーズに進まないのかねぇ? 本書は、一見、読者を励ましているようでいて、実は、ブスと凡人には、居場所は無く、凡人は「無力で素朴で善良な市民or村人」以外の生き方が無い。そして、定番の「実は隠された才能を秘めた不運な子供」が物語の進行をスムーズにしてくれる。
これが「物語」の限界なのだろう。伊達に物語が上手いから、私は、ため息が出る。

3;どいつもこいつも、聞き分けが良すぎないか?
あくまで、私個人の悲しい感想なのだが、登場人物同士の、コミュニケーションが気持ち悪く感じる瞬間が、ある。コイツらトモダチ過ぎないか? すぐ他人を信用して、命を安く賭けすぎじゃないか? ガンバリすぎで、ヤバくないか? この種の若者は、オウム真理教なんかに喰われるんじゃないか? この物語世界には、コミュニケーションの暗黒面、自尊心を削り取ってゆく怖さが無い。他人の自尊心を喰い散らかす、本物の悪人が出てこない(判りやすい悪人しか出てこない)。更に悪いことに、往々にして、現実世界では、その種の悪人が「味方」だったり「上司」だったり先生や先輩や親だったりする。彼らとのコミュニケーションは、苦しく、悲しく、怖い。少し運が悪いだけで、判断力のダンピング、魂の大安売りを迫られ、更にそれを、自分のせいに決めつけられたり、「お前の幸せのため」認定されたりしてしまう。現実とは、何がなんだか、自分でも分からなくなる境遇が、呆れるほど簡単に訪れる世界だ。そんな現実世界下での一番安全で安上がりな生き方、つまり安直な答えが、実は「無気力」だったりするわけだが、そんな無気力とは、主人公たちは、一切、無縁である。どいつもこいつも、素直で元気な、聞き分けがイイヤツばかりだ。私は、うらやましくもあり、腹も立つ。

つまり、不満を一文にまとめると。

潤沢な個の力の持ち主たち同士が、余計なシガラミ抜きの世界の中で、万全のコミュニケーションを取り合って、世界を平和な方向に変えてゆく話。

これは、相当に、ハードルが高く、絶望的な話だろ、と私は思うのである。現実世界で、勝利の「向こう側」を目指すにあたり、本当に克服しなければならない、一番、手ごわい存在(個人の才能の限界、各種シガラミ、悪い味方とのコミュニケーション)が、実は、描かれていない。そして描かなかったのは、物語作者としては、正しく賢い選択だ。だから、それは所詮、高望みであり、物語の限界なんだ。現実の側の我々が、現実の中で、なんとかしなくちゃいけない問題なんだ。

現実世界の中で、他人と、本書のような、平易な単語で知的な対話を交わす機会は、私の一生で、おそらく二度と来ないだろう。私はせいぜい、匿名で、ひとりごとを公開する程度だ。それだって、ほんの20年前には、限りなく不可能なことだったんだから、ネガティブな愚痴はやめなくちゃ、とは思うのだ。

以上、辛口に書いたが、作品と現実を、強引に比べた場合、の話であって、作品としての出来栄えは一級品だ。理想は高く、出口戦略は明快。繰り出される戦術は、多彩で痛快だ。これほど若い読者を熱く励ます力を持った作品を、私は読んだことが無い。10代後半必読と言っていい。だが、私は若者ではない。現実世界の方のヤバさを、既に知っている。本書のような「理想」を真に受けたら、善意で地雷を踏みまくる、スタンフォードで博士号をゲットした某総理のようになってしまうこと、間違いなしだ、とも考えてしまう。

本当に、楽しい作品なんだ。なのに、なんでこんなに、読んでいて無駄に腹が立つんだろう。本書の出来が悪ければ、現実世界と物語世界の中身をチマチマと比べたりせず、「ま、web小説なんだしね」と割り切れるのですけどね…。

さて、続きを読むか。